2011-10-03 [ Mon ]08:46:44
父が倒れたのは2日の21時。

母は台所に居たそうです。

大きな音がしたので居間を見ると、父が倒れていました。

救急車の中では意識が戻ったものの、朦朧としたままICUへ。


「腹部動脈瘤破裂」と判ってからも、手術にかかる費用や諸々を考え
これ以上私に迷惑をかけれない、と思い、
手術の承諾を出来ないで居たらしいです。

日曜の夜と言うこともあり、当直しか居なかったのか
手術の準備や検査に時間がかかったため、
その間よく考える時間があり、23時頃ようやく私に電話をかけてきたようです。

私達はちょうど義父母のお墓参りで秩父から帰ってきて一息ついたところでした。

母は動揺から声が震え、言葉が上手く口から出ないようで
内容も同じことを繰り返すばかり。

父の容態やどんな手術なのか、救急車では手足は動いてたハズなのに、
なんで着てた服を切らなきゃならなかったのか。(全身マヒが頭を過った。)

「正確」な情報を「早く」知りたいのに、母では埒があかず
先生と直接話すことに。

が、最近の医者は皆そうなんでしょうが
常に最悪の状況を話し、肝心の「どうしたらイイか」は家族任せ。

勿論それは判るんですが、もう少し「医療知識の無い私達家族」の
背中を押してくれるような言葉は貰えないのでしょうか。

「術後どうなるかより、今ある命を救うことが我々の仕事です。」

そう冷たく言い放ち・・・
もう、とっとと母親に変わってもらいました。

手術が成功しても、寝たきりやなんかになって
その父と生活を共にし支えるのは、勿論私もですが
やはり一番は母です。

「ママはどうしたいの?ママのしたいように判断したらイイ。
私が何とかするから。」

「・・・手術させてあげたい・・・」

「判った。じゃ、やってもらって。私は朝イチで向かうから。」

そして1時から始まりました。

それからも、倒れるかも知れない母に何度か電話をし
話し相手になりました。

倒れた父を見、救急車を呼び、病院では難しい説明や
重要な判断に迫られ・・・

その時の母の心情を思うと、涙が止まらないです・・・。


---「手術は無事終わりました。」へ---

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2020-01

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藤乃 -fujino-


Author:藤乃 -fujino-


大阪生まれの横浜人。

・ストリッパー
・ヌーディストパフォーマー
・フロアダンサー e.t.c...

呼び名は色々あれど
要はSexy系ショーダンサー。

芸歴そろそろ20年超え。
(2016年時点)

・・・引き際を見失った踊り子。


が、現在。

東京・新橋にて「Bar F's」の雇われママに。
(2018年現在)


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Le Memoire de FUJINO JAPON
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姐さん
月丘雪乃=月子=月
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ストリッパー時代の先輩。
2003年1月~2007年1月まで
「世迷い言(現:月ノ囈言)」と称して
公開交換日記を二人で展開。
公私共々、親密な関係。(笑)

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