2007-12-01 [ Sat ]03:07:12
<消えた投光マン、現る。その1>

<消えた投光マン、現る。その2>

<消えた投光マン、現る。その3>


(この小出し具合、なんだか私もケータイ小説
投稿してるようです。^^;)

(つーかもう、殆ど思い出話です。^^;;)


・・・翌週、私は新宿のTSミュージックに乗ってました。

その何日目かに、一通の手書きの手紙が届きました。
とても綺麗な字で綴られたその手紙は、5~6枚はあったでしょうか。

シアター・ラ・ブームの投光、Sさんからでした。

残念ながら、ラブレターではなく(おい)
ファンレターというか・・・
とにかく「舞台」「仕事」のコトが熱く書かれてたのを覚えています。

そして、お礼と。
一緒に仕事出来たコトをとても喜んでくれていました。

それからも、私は相も変わらず地方巡業・ドサ廻りの毎日。
私の舞台を観るため、何度と劇場に足を運んで下さる方々のお陰で
キツいはずの旅仕事も耐え
舞台は「生きがい」と、心底思いました。
その反面、所属小屋との確執に、葛藤の日々でもありました。

あのラ・ブームから、そろそろ一年が経とうかという頃
またラ・ブームに乗るコトが決定しました。

乗るのは、1999年7月下週。
(結果、私の引退となった週です。)

Sさんに連絡してみました。

「また乗るみたいやでー。よろしくー。」

「藤乃さん、ボク、"夜叉"が観たいんですけど
やってもらえませんか?」


「やー、アレは今年4月に大和に乗った時
『これが見納めー』って謳って出したから、もう出来へんわぁ。」

・・・が、彼はなかなか引き下がらず、結局出すことに。
したら・・・

「"化身"や"軍服(愛の嵐)"も観たいんですけど・・・」

どうやら彼は、お客さんや雑誌等で私の演目情報を集めてた(?)ようで
アレもコレも観たいと言い始めました。

「つーか、別にやってもイイけど、そんなに衣裳置くとこ無いやん。」

ラ・ブームは劇場も狭けりゃ、舞台ソデも狭く
楽屋も私のどデカい衣裳を置くスペースなんざ、ありません。

「どこか・・・衣裳部屋作ります!」

倉庫か何かに使ってた部屋を片付け、
私専用の衣裳部屋を作ってくれるコトに。

・・・ここまで言われては、やらないワケには行きません。^^;

新作の"刹那・・・。"を始め、"化身" "愛の嵐"
私のスタイルを決定付けた、デビュー1年頃の演目"月光くノ一妖影伝説"
そして、私の代表作"夜叉"。

・・・計5演目。やるコトになりました。

それを聞いた、ラ・ブームの小屋主さん。
わざわざ電話下さいました。

「うちのSが、無理言ったみたいで・・・」

ま、確かに。(爆)

「宅急便代、かなりかかるでしょ?ソレ、うちが持つからね。」

マジ?!ラッキー♪

や、私の衣裳、どれも馬鹿デカいんで
衣裳ケース(ホームセンターで売ってるベランダコンテナとか言うアレ)1個につき
一演目の衣裳一式、ってカンジなので
5演目なら衣裳ケース5個。
一個辺りの宅急便、大阪→横浜は1890円なので
ま、約1万くらいかかるワケですよ。
(プラス、旅用の生活雑貨でもう一個。)

それを持ってくれる、と。

俄然、やる気に。←ゲンキン。

その時、Sさんに言ったんだと思います。


「アタシの照明は、もうずっとアンタがやり。自分でいっぱい観たいってゆうたんやからね。」


実際その週が始まると、思った以上に大変でした。

2日置きに演目を変えるワケですから。

各日に衣裳入れ替え&照明打ち合わせ&ダンスの振り起こし。

殆ど毎日、深夜居残ってレッスンしてた気がします。
勿論、彼も同じく居残り。^^

彼も疲れてるハズなのに、私以上に真剣にリハやってくれてました。

勿論、本番はそれ以上の出来で。

お陰で連日立ち見が出るほど、お客さん来て下さいました。

その週一緒に乗ってた踊り子ちゃんは殆ど毎日、
近所の小屋に乗ってた姐様まで見学に来て下さったり。


「藤乃さんのあの演目を、Sの照明で観れる!」

ファンの一人が、そんなコトを言ってましたね。


踊り子の舞台、生かすも殺すも投光次第。

私はいつもそう思ってました。

いくら豪華な衣裳を着ても
いくら汗だくで踊っても
光が無ければ、誰も輝かない。

当時、取材で「辛いことがあっても続けれるのは何故ですか?」
と、聞かれたコトがあります。


「奇跡の一回を創るため。」(←カッコ付け過ぎ。^^;)


彼のように「熱意」と「実力」がある投光さんの光を浴びながら
私は自分が持つ最高の演技をし
観客は拍手も忘れ、息を飲む。

そんな「瞬間」を感じたの、4年間で数えるほどでしたが
でも、いつもそれを求めて舞台に立ってました。

だから、このラ・ブームの十日間は、まさに奇跡の連続。

楽日の3回目と4回目の、あの舞台の充実感・快感は
未だに忘れられません。


そして多分、私の人生に於いて、一番「ピーク」だったんだと思います。

踊り子として。


・・・続く。

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2020-01

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藤乃 -fujino-


Author:藤乃 -fujino-


大阪生まれの横浜人。

・ストリッパー
・ヌーディストパフォーマー
・フロアダンサー e.t.c...

呼び名は色々あれど
要はSexy系ショーダンサー。

芸歴そろそろ20年超え。
(2016年時点)

・・・引き際を見失った踊り子。


が、現在。

東京・新橋にて「Bar F's」の雇われママに。
(2018年現在)


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・公式サイト/メモリアル版
Le Memoire de FUJINO JAPON
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kam'S
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姐さん
月丘雪乃=月子=月
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ストリッパー時代の先輩。
2003年1月~2007年1月まで
「世迷い言(現:月ノ囈言)」と称して
公開交換日記を二人で展開。
公私共々、親密な関係。(笑)

・今までの経緯

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